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患者様インタビュー

Vol.419歳で手術に踏み切った神経筋原性側弯症の患者様の事例|患者様のインタビュー 第2回(全3回) 2025.10

今回は、脳性麻痺による重度運動障害を抱えた方(Hさん)の神経筋原性側弯症(脳性麻痺や筋ジストロフィーといった神経や筋肉の病気に伴う脊柱側弯症)の事例を紹介します。Hさんが側弯を発症するまでの過程と、当時は国内で手術例の少なかった脳性麻痺患者への脊柱側弯症手術に19歳で踏み切るに至るまでの背景、そして手術後の充実した生活までを追います。神経や筋肉の病気を持つお子さんは、身体の成長にともなって側弯症を発症するケースが非常に多く、神経筋原性側弯症とよばれる高度脊柱変形が、呼吸機能障害や消化管機能障害を引き起こすことも少なくありません。そのため、側弯症状の進行を少しでも止めることが重要ですが、Hさんは手術による改善を強く望みました。Hさんが通院する病院では当時は前例のない手術でしたが、その手術によってHさんは「人生が変わった」と言います。そのエピソードをHさんご本人へのインタビューで紐解きます。

全3回でお届けするインタビューの第2回。その施設では前例がないと言われていた神経筋原性側弯症手術について、その手術当日から手術後のHさんの生活の変化までを振り返ります。

── Hさん自身は、側弯症の手術を受けることへの恐怖はなかったですか?

Hさん:まったくなかったです。N先生のことを信頼していましたし、その頃はとにかくトイレの便座に座って排泄できないことのほうが辛かったです。なので手術にリスクがあるとしても、「やらない」という選択肢は私のなかにはなかったですね。手術の日が近づくとN先生は「今、手術のイメージングを一生懸命しているところ」だと言っていました。きっと先生も初めての手術でプレッシャーが大きかったはずです。私の思いを汲んでくださって、今振り返っても本当にありがたかったなあと思います。麻痺の強い子どもは筋肉を動かさないので痩せている子が多いし、胃ろうの方の場合は体力的に弱くなってしまう方もいますよね。でも私はよく食べるし栄養状態もいいらしく、先生は「体力があるから、乗り切れるね」と言ってくださったのも心強かったです。

── その頃にはお母様も手術を受けることに迷いはなくなっていましたか?

Hさん:母はやはり心配していましたが、私としては、もし生命にリスクが及んだとしても、どんな大手術でも「やる」という気持ちに揺らぎはありませんでした。それで母も私の思いを尊重してくれて、N先生への信頼も大きかったのもあって、腹を決めたみたいです(笑)。

── 手術はやはり大変でしたか?

Hさん:朝の8時にオペ室に入って、出てきたのが夜の10時過ぎだったようです。N先生も初めて行う手術だったので、きっと長く時間がかかったんだと思います。私はずっとうつ伏せの状態で手術を受けていたため、終わったあとは顔の凹凸がなくなるくらい、むくみがすごかったと母が言っていました。その日はN先生もたぶん帰らずに病院にいてくれたみたいで、私の様子をずっと気にかけてくれていました。

── 手術後はしばらく入院されていたのですか?

寄り添ってくれたファシリティドッグ
寄り添ってくれたファシリティドッグ

Hさん:手術後の入院は約1ヶ月。そもそも自由に動ける体ではないので、リハビリも特に受ける必要はなく、ほぼ毎日ベッドで暇を持て余していました。そんな私に寄り添ってくれたのが、N先生とファシリティドッグ(※特別な訓練を受け、入院中の子どもや家族の心を支える犬・ゴールデン・レトリバー/♂)でした。N先生は毎日病室に顔を出してくれましたし、ファシリティドッグも毎日ハンドラー(※ファシリティドッグのパートナーであり、子どもたちと犬との架け橋となる存在)さんと一緒に病室に来てくれて、それがすごく励みになりました。家でも大きな犬を2頭飼っていて、入院中はその子たちに会えない寂しさもあったんですが、ファシリティドッグのおかげで毎日が楽しくなりましたね。退院してからも外来で受診するたびに、ファシリティドッグには会いに行っていました(笑)。

── 退院後の生活はどのような変化がありましたか?

手術後のレントゲン写真(左:正面、右:側面)
手術後のレントゲン写真(左:正面、右:側面)

Hさん:退院して最初の外来受診の時に、「もうコルセットは外していいよ」と言われました。食事をするのもすごく楽になって、生活は見違えるように変わりましたね。睡眠の質も上がりました。自分では寝返りがうてないので、いつも母親に体位変換をしてもらっていたんです。手術を受ける前は、同じ姿勢で寝ているのが辛くて、だいいたい一晩で10回から20回は、体の向きを変えてもらう介助をしてもらっていたんですね。母も常に寝不足だったはずです。それが手術後には劇的に回数が減って、一晩で2〜3回で済むようになりました。そして何より、トイレに座れるようになったことが嬉しかったです。それまでヘルパーさんに介助の仕方を理解してもらうのも大変だったのですが、移乗用リフトをつけて、スリングシートを吊るして、便座に座れるようになってからは、どなたでも操作を覚えれば介助ができるようになったので、お互いに精神的な負担も軽くなりました。

── 手術後の通院頻度はどれくらいになりましたか?

Hさん:手術後は月に1回の通院でしたが、その後は半年に1回になり、現在では年に1回の通院です。理学療法は幼児の頃から受けていて、それを継続しています。手術後は順調に体調も回復したので、特に大変なこともありませんでした。ただ、首の下から骨盤までチタン合金が入っているので、梅雨時など湿気の多い季節には背中に痛みが走ることもありますが、辛いのはそれくらいです。ヘルパーさんに気をつけていただいているのは、介助の際には上体を捻らないことと、首を前後に動かしすぎないようにということですね。それ以外は、側弯症による不調はほとんど感じていません。

── 手術を受けたことで、生活のなかで新たにやってみたいことが増えたりもしましたか?

Hさん:実は前から親元を離れて一人暮らしをしたいと思っていたんですが、27歳になって、それを実現することができました。もちろんヘルパーさんのお世話になりながらですが、現在は独立して生活をすることができています。母親の負担を減らすことができましたし、手術を受けて本当によかったと思っています。

※3回連載の第2回はここまでです。次回(11月公開予定)はHさんが独立したいと考えるようになった経緯と現在の活動内容、そして改めてN先生への思いを語ってもらいます。

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